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2010年
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2010年12月



クリスマス

 クリスマス行事の案内をしていたら、ある
子どもが「教会でもクリスマスをやるの?」
と訊いてきたとか「クリスマス」がキリスト
教会とかかわりなく年中行事の一つとして
広まってしまったのですね。
 キリスト教会では12月に入ると25日ま
でにいくつかの行事が行なわれることが多いようです。コンサートやパーティー、ゲストを
招いた集会などを一般向けに企画することもあります。札幌では毎年、市内教会が
合同で「市民クリスマス」を開催(今年は12/3市民ホールにて開催済)しています。
救い主イエスの誕生を祝う
 そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行なわれた最初の人口調査で
あった。人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町で帰って行った。
ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレ
を出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。それは、すでに
身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる
余地がなかったからである。

                     (新約聖書ルカによる福音書 第2章1〜7節)

 ベツレヘムは、誕生の700年以上前から「救い主が生まれると預言されていた街」で
した。その後の生涯も各時代に行なわれた預言の通りであって、十字架により死に、3
日目の復活によって「救い」の約束が確実であることが証明されました。

 キリストの誕生が喜ばしいのは、この「救い」があるからです。キリストについて、単
なる「偉人」「良いことを言った人」「愛を説いた人」などと捉えてしまうと見当違いになり
ます。「キリスト」(ヘブライ語では「メシア」)とは、イエスの姓なのではなくて「救い主」と
いう意味の称号です(当時の人々には姓はありませんでした)。「イエ
ス・キリスト」というのは「救い主イエス」ということで、「魚屋の太郎」
とか「パン屋のジョン」などのような呼び方です。

 イエスをキリストとして受け入れるときに、罪と死からの救いを得
て、本当の意味でクリスマスを喜び祝うことができます。ぜひ聖書
を通じて、また教会でメッセージを聴いたりして、この「救い主イエ
ス」を知っていただきたいと思います。

 札幌ペンテコステ教会では、「クリスマス礼拝」と「キャンドル礼拝」を行います。賛美
の歌を歌い、キリスト誕生にまつわる聖書のメッセージに耳と心と傾ける時となります。
「クリスマス」とは「キリストを礼拝すること」という意味。賑やかな喧騒に包まれた街中
とは違う本来のクリスマスを、教会でお祝いしてみませんか。

 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたが
たに伝える。今日ダビデの町に、あなたがたのために救主がお生まれになった。
このかたこそ主なるキリストである。
  (新約聖書ルカによる福音書 第2章10・11節)

[祈ってみましょう]

 イエス・キリストがこの世に誕生してくださった本当の意味を知り、クリスマスを心か
ら喜び楽しめるようにして下さい。今、個人的にわたしに関わって下さるイエス・キリスト
に出会い、神の愛と命と力をいただいて、意義ある人生に踏み出すことができるように
して下さい。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。

 
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2010年11月



具体的な目標

 何かに取り組むとき、目的意識は大切で
すね。勉強するときも、ただ「一日4時間頑
張る」というよりも、「連立一次方程式が解
けるように」など具体的な目的があるとやり
易いものです。
 野球部の投手であれば、ただ「根性出し
 て鍛えろ」と言われるよりも、「球速を上げるために大腰筋を鍛える。そのためにこのト
レーニングをするのだ」と説明されたほうが練習するにも力が入ることでしょう。
その上で「東京大学に入る」「甲子園大会に出場する」など少し先の目標があれば、
いろいろな課題をこなしながらそれに向かって進む意欲が湧いてきます。「弁護士にな
る」「医師になる」「プロ野球選手になる」など更に先を見据えることができれば、それま
でに経験するいろいろな労苦にも耐えて励み、次のステップに進んでいくことが出来る
でしょう。何のために勉強するのか」「何のために苦しいトレー
ニングをするのか」などの問いを放置したままでは、良い結果
に結びつけることが難しいのではないでしょうか。
燃え尽きてしまう
 でも、物事すべて思い通りに行くとは限りませんから、どこかでつまずいて挫折を味
わうこともあるかもしれません。あるいは当座の目標を達成した結果、次に進むべき方
向性を見失ってしまう場合もあるかも知れません。自分の力を信じて、努力して、頑張
って、必死で取り組んだ人ほど、「燃え尽き症候群」になり易いそうですね。とは言え、
どんな目標も、達成できなければ挫折となりますし、達成できれば終わってしまいます。
けれども人生はそれで終わりではないのですから、更に次へ、次へと目標を立てて進
んでいくことになります。では、究極の目標は何なのでしょうか。人間は、必ずいつかは死
にます。それに向かって、何を目標に生きていくのでしょうか。言い換えれば、『何のた
めに生きるのでしょうか』。
 「○○のために生きる」というものがあれば、それこそが「究極
の目標ということになりますね。
あなたの究極の目標は・・・・・・?
 あなたは、何のために生きているのでしょうか。
 「『何のために生きるか』それを考えるために生きている」なんて、禅問答のような答
えをする方もいますが・・・・・・。死ぬ間際にそれが発見できても手遅れですね。
 聖書には、次のような会話が書かれています。

 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちは彼についてイ
エスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したか
らですか。この人ですか。その両親ですか。」イエスは答えられた。「この人が罪を犯
したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」
            (新約聖書 ヨハネの第1の手紙 第9章1〜3節)


 一般の人には、生まれつき盲目であったこの人に「生きる意味」を見出せなかったの
でしょう。でも、神さまはすべての人を「目的を持って」生まれさせ、命を与え、生かして
おられます。ただ漠然と生かしているのではなく、愛し、いつくしみ、幸いな人生を送る
ことを願っておられます。

 体育教師だった星野富弘さんは、着任2ヶ月後の指導中に頚髄損傷の重傷を負っ
て肩から下の機能が麻痺してしまいました。しかし入院生活を通じてイエス・キリストを
信じ、口にくわえた筆で詩画を製作するようになり、今では多くの人に希望を与える人
物の一人となっています。辛い事故でしたが、神さまはそれを通して働かれました。

 あなたは、何のために生きているのでしょうか?あなたの本当の「生きる目的」を
知っているのは、あなたを生かしている「唯一の神さま」だけです。神さまを知り、イエ
ス・キリストを知り、聖書の言葉を知るときに、あなたは自分自身の生きる意味、目的を
知り、豊かで意味のある人生へ踏み出すことが出来ます。

[祈ってみましょう]

 本当に神さまを知り、イエス・キリストを知り、わたしが生きる本当の意味を知って、
豊かで意味のある人生を送ることが出来るように助けてください。イエス・キリストのお
名前によってお祈りいたします。

 
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2010年10月


何かを信じていますか?
 イワシの頭も信心から。何かを一途に信
じていく心を大切にする考え方があります。
「いろんな宗教もあるけれども、それぞれ
に良い部分も
あるのだから
『盲信』や『狂
信』にならなけ
ればいいんじゃ
ない』という方も
います。あなたは何かを信じていらっしゃいますか?
「中間」は無い
 
 「何でもいよ」「どうでもいいよ」というのは、じつは結論の先送りに過ぎません。「神
さまは、いるのかいないのか」「死後の世界は有るのか無いのか」「生まれ変わりは有
るのか無いのか」・・・・・・こういう問いには、「中間の答え」というものはありません。ただ
普段意識しないで済ませているだけ。神さまが本当に居るなら、信じようが信じまいが
居るのです。居ないのなら、どんなに熱心に信じていても居ないのです。
聖書に示されている「神」
 一口に「神さま」と言っても、そのイメージは人それぞれ。山の神、海の神、先祖伝来
の神があり、商売繁盛、家内安全、無病息災の神もあり、さまざまです。しかし、聖書
に示されている「神」は、それらのものとはだいぶ違います。
 ・天地万物(宇宙も地球も生物も)を無から創りだした、ただひとりの本物の神
 ・全知全能で永遠に存在してる
 ・人間の一人ひとりを知っていて、愛し慈しんでいる
もし、聖書に示されている神さまについて具体的に知らないのでしたら、まずは読ん
で、聞いて、どういう方なのか知っていただきたいと思います。
恐らく、一般的に漠然と「神さま」と呼ばれているものとは大き
く違う存在であることに気がつくことと思います。
あなたは愛されています
 この「本当の神さま」は、あなたを愛しています。あなた自身が気づいていなくても、あ
なたはものすごく愛されています。もしこの愛に気づくなら、あなたの人生は劇的に変
わります(もちろん、良い方にです)。あなたがどんなに価値がある存在かわかります。将
来と希望が見えてきます。あなたが今この時代に生きている意味がはっきりします。も
しもそういう「神さま」が居るのなら、知ってみたいと思いませんか。本当に居るのなら、
知る価値があると思いませんか。。
「霊」をすべて受け入れるべきではありません
 世の中には、病気が治ったり不思議なことが起こったり「お告げ」を受けたり、という
現象がないわけではありません。高度に科学技術が発達した現代社会においても、オ
カルトや占いに興味関心を持つ人が少なからずいます。これらは霊的な現象であって、
科学では今のところ説明できない事柄です。ただし、これらの霊的現象や存在がす
べて「神さま」から来るものと考えてはいけません。聖書にもいろいろな霊的存在につ
いて書いてますが、一方で以下のように勧められています。

 すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、
ためしなさい。
           (新約聖書 ヨハネの第1の手紙 第4章1節)


 愛と恵みと力と命に満ちた本当の神さまは、霊的な存在です。一方で、人を騙し殺し
滅ぼす邪悪な霊的存在もあります。それらは一見美しく、「光の天使」を偽装すると聖
書に書かれています。「本物」か「偽物」か、よく吟味することが必要です。
[祈ってみましょう]
 神さまって、本当にいるのでしょうか。今読んだような神さまが本当に居るなら、わた
しにもその存在がわかるように助けてください。救い、永遠の命、天国や地獄などがあ
るのならば、それもわかるようになりたいと願います。偽物があっても判別できるように
して下さい。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。

 
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2010年9月


人の振り見て
 「人の振り見て我が身を直せ」という言葉
があります。「他山の石」というものもありま
す。とかく、他人の欠点は目につくもの。口
や態度に出さないまでも、心の中で苦々し
く思ったり非難してみたり場合によっては
バカにしたりすることもあるかも知れません。
でもことわざでは、それらを通して自分自身
を振り返り改めるよう勧めています。
人を裁くな
 
 聖書にも、同じようなことが書かれている箇所があります。
 イエス・キリストが語った言葉です。

 人をさばくな。自分がさばかれないためである。
        (新約聖書 マタイによる福音書 第7章1節)


 ただ、その理由がことわざとは少し違っています。続いて次のように書かれているか
らです。

 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかり
で、自分にも量り与えられるであろう。なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分
の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟に向かっ
て、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の
目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の
目からちりを取りのけることができるだろう。
               (同 第7章2〜5節)
目には梁が入っています
 他人の目に「ちり」が入っているのに気づいて「あなたの目からちりを取らせてくださ
い」と言う時、自分の目には「梁(はり)」が入っていると言うのです。「梁」とは、柱と柱
の間に掛けられている太い木材です。そんな物が目に入っていたら(入りませんね!)、
他人の目のちりを取るどころではありません。そのくらい、自分のこと
には気がつかないものだと言うのです。
善し悪しの基準
 そもそも善し悪しを判断する基準は何でしょうか。普通は自分の知識や経験をもとに
考えて「これは良い」「これはダメ」と判断します。でも人によって知識や経験が違うわけ
ですから、ある人には「良いこと」でも他の人には「悪いこと」になったります。基準が
違うわけですから、判断も違ってしまうのです。
正しい基準は
 何の基準も無いといろいろ困りますから、一般社会では共通のルールを設けていま
す。法律や慣習などです。違う国では違う法律が適用されます。同じ国内でも地域によ
って慣習は異なります。。そういう場合、どちらが正しいとか間違っているとか決めること
ができません。基準が異なるのですから、判断しようがないのです。
 では「正しい基準」などというものは有るのでしょうか。聖書がそれであると、聖書自
身に書かれています。

 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、
正しくし、義に導くのに有益である。
 
                 (新約聖書 テモテへの第2の手紙 第3章16節)


 人間を創造した唯一の神さまが、いわば「人間の取扱説明書」として用意されたのが
「聖書」。神さまの基準からすると、「わたしは正しい」と言って他人を裁く人の目には
「梁」が入っていて、物事を正しく見ていないということになります。梁を取り除きはっき
り見るために、聖書を読んでみませんか。必ずや「有益」であることと思います。
[祈ってみましょう]
 わたしの目に梁が入っていると読みました。この梁を取り除き、他人を裁く前に自分
自身をかえりみて正すことができるように助けて下さい。私自身の悪い部分をゆるして
真実に生きさせて下さい。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。

 
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2010年8月


日本の夏
 この時期、日本では「お盆」と呼ばれ、
お墓参りに行かれる方も多いようです。
墓地に行くと、家族、親族、先祖の墓石
をきれいにして、花や菓子などを供え、
線香を焚いて手を合わせる。仏教に
由来するしきたりが一般的に知られ
行われています。
 原爆忌や終戦記念日などもあるため、テレビで特集が組まれ、高齢の元兵士の証
言や当時の資料などについて目にする機会も多くなります。
 生と死について、国や人の在り方について、思いを巡らせる機会が多い季節でもあ
ります。
死後について
 死後、人は天国(とか極楽)に行って、家族や子孫を見守る。なんとなく、そう思って
いる人は多いようです。死んでもまた生まれかわる。そう思う人も少なくないようです。
でも、人の魂を司るのは誰なのか、天国や極楽は誰が管理しているのか、生まれ変わ
らせるのは誰なのか、ということに思いを馳せる人は少ないのでは。
 一般的には善人が天国へ、悪人が地獄へ、などと言われます。それを判断している
のは誰なのでしょう。死後の世界は本当はどうなっているのでしょう。日々の生活に追
われて余裕がないのか、あまり考えることはないようです。
みんな死にます
 確実に言えるのは、人間は必ず死ぬということです。遠足、受験、就職、結婚、転勤、
出産などに当たっては良く考え準備します。起こるかどうかわからない病気や災害に
対しても、保険という形で備える方がいます。でも、確実にやってくる「死」について、そ
してその後のことについて、真剣に考え備えている人は多くないように思えます。
 あなたはいかがでしょうか。
求めてみませんか
すべてを司っておられる全知全能の神さまが、人生について死後
の世界について何と言われているのか、耳を傾けてみませんか。キリ
スト教会で牧師さんに聞いてみるのも良いでしょう。キリストを信じて
いるという人が周囲にいたら、聞いてみても良いでしょう。なかなか
敷居が高いと感じる方は、書店で聖書やそれに関する書物を求めて
読むのも一つの方法です。一般書店やキリスト教関係専門の書店で入手できます。

ライフセンター札幌書店(札幌市中央区北2条西3丁目 タケサトビル3F)
 http://www.wlpm.or.jp/g_shop/sapporo/sapporo.htm
CLC札幌店(札幌市中央区南1条西3丁目 大丸藤井セントラル4F)
 http://www.clc-shop.com/e_shoppy/www/shop/online2/shop.htm
真摯に求めるなら、神さまは必ず応えて下さいます。
[祈ってみましょう]
 聖書に示されている神さま、わたしは人生の目的について、死後の世界について、真
実を知りたいと求めます。それに出会えるように、理解できるように、助けてください。
そして人生を無駄にしないように、目的をしっかりつかんで生きることができるように助
けて下さい。イエス・キリストの名によって祈ります。
              (聖書には、イエスの名によって祈るように書かれています)


 
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2010年7月


かけがえのない親友
 「親友」とはかけがえのないものですね。
当たり障りの無い表面上の付き合いにとど
まらず、お互いに支え合い助け合い信頼し
合っていくことができれば最高ですね。
「親友」ができない・・・・・・?
 でも「親友」ができない、という悩みを持つ方もいらっしゃいます。人付き合いが良くて、
性格も明るく人の輪にすぐ打ち解けて入っていける方であっても、心を割って話ができ
る「親友」(「心友」ですね)を持てない、そういうこともあるようです。本当の心の底を知
られてしまったら、人々は自分から離れ去ってしまうのではないか。そういう懸念があ
るのかも知れません。確かに悩ましいことですが・・・・・・・。でも、心配は無用です。


最高の親友は
 あなたの心の奥底まで良くご存知で、その上でなお、あなたを愛し、親しくなりたいと願
っておられる方がいます。それは、「イエス・キリスト」という方です。「イエスって、遙か2
千年も前の歴史上の人物じゃない?」そういう疑問もあるかも知れません。でも、今も
存在していて、本物の、最高の親友になってくれる、そんな方なのです。


親友の「本気度」は?
 このイエス・キリストが、どのくらい本気であなたを心にかけていると思いますか。そ
れは、文字通り「命がけで」なのです。「十字架」は、今でこそアクセサリーにもなってい
ますが、昔は重大な犯罪者向けの「死刑台」でした。長時間にわたって大変苦しい思い
をして死ぬ、見せしめの死刑台だったのです。イエスって、極悪人だったのでしょうか?
いえ、そうではありません。『あなたの身代わりになって』その死刑台にはりつけになり
ました。なぜそんな昔のことが?わたしと何の関係があるの?身代わりって?
いろいろ疑問に思われる方は、ぜひ教会で聞いてみて下さい。とに
かく、「命がけで」あなたと親友になりたい。そういう方なのです。
親友になる条件
 この方と親友になるには、あなたがそれを受け入れるだけでOKです。あなたの心の
中にどんなに醜い部分があったとしても、イエスはそれを知った上であなたを大切に思
って下さいます。そして、あなたの悪い部分を良いものに変え、汚れた部分を清め
ることができます。あなたがしなくてはならないのは、ただ「受け入れる」ことだけです。
「信じる」と言い換えることもできます。信じて、受け入れて、素直に「ごめんなさい」と告
白することで、あなたはイエスの親友となることができます。


友情を無駄にしないで
 実のところ、人間というのは生まれながらに悪い部分を持っています。少々の悪では
なく、かなりの悪で、死刑が宣言されるものです。でも、イエス(そしてこの方には悪が
ありません)が人間の身代わりに死刑を受けて苦しんで死んだので、それを信じる人
はその罪が許されます。あなたの借金を誰かが代わりに払ってくれたら、あなたはもう
返済しなくて済むのと同じように。しかし、あなたが受け入れないなら、それは無駄にな
ってしまいます。あなた自身が刑罰を受けることになります。そしてその刑罰は、単なる
「肉体の死」ではありません。あなたの魂が永遠に苦しみ続ける「魂の死」です。あなた
がそうならないために・・・・・・イエスは十字架にかかったのです。どうか、この友情を、愛
情を、無駄にしないで下さい。あなたが親友になることは、イエスの喜びであり、あなた
自身にとっても幸いなことなのですから。


[祈ってみましょう]
 イエスさま、わたしの親友になって下さい。あなたがわたしの罪の身代わりに十字架
にかかって死んでくださったことを信じ受け入れます。わたしの罪を許し、永遠の苦しみ
から救い、これからの人生、わたしの親友となって一緒に歩んで下さい。


 
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2010年6月



 「気持ちを前向きに持って」「プラス思考で行こうよ」
「良い宣言をしよう。悪いことは口に出さないで」・・・・・・各方面で成功してい
る人たち(一瞬ではなく継続的に)は、よくこのように言います。なぜ、こうす
ると良いのでしょうか。成功できるのでしょうか。
 聖書の一番最初の章に、このような言葉があります。
 神は自分のかたちに人を創造された。   (旧約聖書 創世記 第1章27節)
 神さまは思い描いたものを創り出す力があります。人間はその性質に
似せて創られているため、前向きな気持ちで良いことを思い描けば、それを
実現させることができます。逆に不安や心配事で心を満たせば、それらを
引き寄せます。「病は気から」の諺にもなっているように、これは世の中の法
則です。法則に従うとき、法則通りの結果を得るこ
とになります。
 聖書にはいろいろな「法則」が書かれていますが、「究極の法則」がありま
す。神さまが人間のために用意している究極の場所、悩み悲しみ苦しみと
いう負の側面が全く無い永遠の世界、天国ともパラダイスとも呼ばれる所に
関するものです。この天国に行くために、1つだけ条件があります「イエ
ス・キリストを救い主として受け入れ信じること」です。イエス・キリストには人
間の「罪」をゆるし永遠の命を与える力と権威があります。これが「究極の法
則」です。法則に従うことで、法則通りの結果を得ることができます。

祈ってみましょう


 イエスさま、わたしはあなたを救い主
として信じ受け入れます。わたしの罪を
ゆるし永遠の命を与え天国に入らせて
下さい。聖書にある他の良い法則も理
解させて下さい。イエスさまのお名前に
よってお祈りいたします。。
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2010年5月



 「死んだら、天国へ行く」――漠然と、そう思っている
方も多いようです。あるいは「悪い人は地獄に落ちる」とか「今度生まれ変わ
ったら・・・」という言い方を聞くこともあります。天国や地獄、生まれ変わりな
どは、あると思いますか?無いと思いますか?
 聖書に書かれているのは、天国と地獄は現実にあるということ。生まれ変
わりという現象は無いということ。人間の願いや思想や哲学に関わらず、天
国と地獄とは確実に存在します。死後永遠に過ごす場所は、あなた自身が
決めなくてはなりません。天国を準備しているのは、聖書に書かれている神
さまです。この方と共に居ることを選択するなら、あなたは天国へ行くことが
できます。しかしこの神さまと共に居ることを拒むなら、神さまの居ない世界、
すなわち地獄に行くことになります。二者択一で、第三の道はありません。
  わたしは道であり、真理であり、命である。
  
 
(新約聖書 ヨハネによる福音書 第14章6節)

 天国が、また地獄がどういう所であるか知りたい方がいらっしゃいましたら、
聖書の一番後ろのほう、「ヨハネの黙示録」を読み進められると良いでしょう。
ただし「黙示」「啓示」などと言われる形式のため、わかりにくい部分も多いと
思います、もっとイメージを良くつかみたい方は、次の本などどうでしょうか。
「天国は本当にある!}トマス・チュナム著/Living Water All Nations Church出版
「地獄についての神の啓示」メアリー・K・バクスター著/エターナル・ライフ・ミニストリーズ発行
 神さまは、あなたが地獄に行くことを望んでおられません。どうか、あなた自
身が天国を選択し、そこに至る唯一の道(イエス・キリスト)を見つけられます
ように!(書名で検索すると、もう少し詳しい情報が見られます)

祈ってみましょう


 聖書に示されている神さま、わたし
は天国に行きたいと願います。救い主
イエスさまによってその道を示して下さ
い。現実にある天国と地獄について良
くわからせて下さい。イエスさまのお名
前によってお祈りいたします。
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2010年4月



 4月4日は「イースター」と呼ばれる日でした。
太陽暦に基づかない決め方のため毎年日付が変わりますが、十字架に掛
けられ殺されたイエス・キリストが三日目に復活したことを祝う日です。「復活
祭」とも呼ばれます。
 キリストは、あらかじめ預言されていたように死んで葬られ、復活しました。
何かの罪を犯したわけではありませんが、死ななければならない理由があり
ました。それは「身代わりの死」です。
 聖書の中には、こう書かれています。
 
  主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるた
 めに、よみがえらされたのである。
  
(新約聖書 ローマ人への手紙 第4章25節)

 人は生来「罪」を持っています。人の目から見れば良い人悪い人いろいろ
ですが、神さまの基準から見れば本来死刑が当然であるような大きな「罪」
を持った存在、それが人間なのです。
 その人間の罪を許すため、身代わりとなって苦しめられ殺されたのがイエ
ス・キリストです。そして人間が罪ゆるされ新しく生きることを保証するために、
キリストは復活しました。

 死にたくなるような悲しみ、苦しみ、困難が襲ってくるとも、既にそれらを身
代わりに味わったのち復活して下さった方がいます。この方を知るならば、
あなたも罪ゆるされ、新しくされ、生きる希望に満ち溢れることができるように
なります。

祈ってみましょう


 イエスさま、わたしの罪の身代わりに
死んで復活されたあなたのことを知り
たいと願います。わたしが罪に死に命
に生きることができるようにお助け下さ
い。イエスさまのお名前によってお祈り
いたします。
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2010年3月



 困った時、悩んだ時、つらい時、誰に頼りますか。
友人、親族、恩師、人脈、専門家、または自分自身・・・・・。それらは、ほんとうに
頼りになりますか。確実にあなたを助ける力があるでしょうか。
 溺れている時に"わら"をつかんでも、助けにはなりません。寒波の夜にマ
ッチが1本あっても暖まることはできません。巨岩を動かすのに犬一頭では
足りません。助けとなる十分な能力があるものにしか、頼ることができません。

 聖書に書かれている神さまは、こう語りかけています。


  悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあ
 がめるであろう。
              
(旧約聖書 詩篇 第50篇15節)


 この神さまは、存在も怪しい真偽不明の方ではありません。確かに存在し、
力強く働かれているお方です。「呼べ!助けるから」と言われます。その結果を
見て「確かにこの方こそ真実の神さまだ」と崇めずにはいられなくなるという
のです。
 遙か昔から、救世主の誕生が約束されており、その通りにイエス・キリストが
この世に来ました。あらかじめ話してあった通りに、無実の罪で十字架に付
けて殺され、3日目に復活されました。その後、多くの人たちが見守る中で天
に引き上げられました。聖書の神が頼りがいのある方であることを実証され
たのです。あなたも呼び求めるならば、この神さまを知ることができます。

祈ってみましょう


 「呼べ」と言われた神さま、わたしは
あなたを呼びます。どうか答えて下さい。
助けて下さい。あなたを実感できるよう
に助けて下さい。
 イエス・キリストのお名前によって、
お祈りいたします。
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2010年2月



 日本の宗教人口は2億人を超えると言われます。
多種多様な宗教団体があって、真面目そうなところもあれば、中には事件を
起こしたりする団体もあります。特に信仰を持っていない人もいれば、一人
でいくつもの宗教を「やっている」人もいるようです。
 こんなに多くの宗教があると「本物はどれ?」と思うことでしょう。「登山ルー
トが沢山あっても頂上は一つであるように、どんな宗教でも真面目に信仰し
ていれば到達する頂上は同じ」とか「同じ神さまをいろんな視点で見ている
だけ」とか説明する方もいます。
 「教会ニュース」ですから、「聖書の神さまこそ唯一の本物の神さまです」と
いう結論を書くのですが、それを確かめるにはどうしたら良いでしょうか。

  悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあ
 がめるであろう
 
(旧約聖書 詩篇 第50篇15節)

 あなたは確実に、この「本物の神さま」から愛されています。あなたが真剣
に心から呼び求めるならば、必ず応えて下さいます。神さまは、あなたを見
捨てたりあきらめたりしませんが、あなたの意志に反して無理やり迫って来
ることもありません。ですから、あなたから語りかけてみて下さい。そして可能
ならば、正しく理解できるように祈り求めつつ聖書を読んでみましょう。そうすれ
ば、神さまの愛の語りかけに気づくことでしょう。

祈ってみましょう


 唯一の本物の神さま、あなたが本当
にいらっしゃるなら、どうかわたしに応
えて下さい。わかるように助けて下さ
い。
 イエス・キリストのお名前によって、
お祈りいたします。
上に戻る

2010年1月



 新しい年を迎えました。新しい気持ちを持つと同時に、
年月の経過を意識する時でもあります。2010という数字に、また年賀状に写
る他家の子供の成長に驚き、自らの年齢を実感し。そんな時かも知れませ
ん。この世を去る時が確実に一年近づいたことに対して、時の流れを空しく
感じたり、死で終わる人生に積極的な意味を見出せない方もおられるかも
知れません。

 確かに時間は過ぎて行きますし、体は衰えて行きます。しかし聖書には、こ
のように書かれています。
 たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされ
ていく。
 
(新約聖書 コリント人への第2の手紙 第4章16節)
 肉体は、私たちがこの世を過ごすための「仮の器」に過ぎません。器です
から、だんだん古びていきます。しかし私たちの本質である「内なる人」は、
「日ごとに新しくされる」と書かれています。イエス・キリストの命を受け継ぐこ
とによって、それが可能になります。

 天地万物、全宇宙を創造した神さまには、わたしたちを内側から新しくす
ることが可能です。内側が新しくされるならば、表情が変わり、生活が変わり、
周囲の状況が変わり、人生が変わってきます。キリストを心の中に迎え入れ、
新しく一歩踏み出してみませんか。


 あなたが受け入れるなら、キリストはいつまでも共におられます。

祈ってみましょう


 イエスさま、あなたを私の内に迎え
入れます。あなたの命によって私の内
なる人を新しくし、新たな一歩を踏み
出させて下さい。
 イエス・キリストのお名前によって、
お祈りいたします。
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日本福音ペンテコステ教団
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