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2007年
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2007年11月



 「成功したい」と思いますか?

 「良い学校に進学」 「良い会社に就職」 「もっと利益を」 「高い地位に
つきたい」 「良い家庭を築きたい」 「社会の役に立ちたい」 「健康を」
など、「成功」に対する思いは人それぞれ違うことでしょう。では、どうしたら
成功できるのでしょうか。
――――聖書には、こう書かれています。

 わたしたちを愛して下さったかたによっ
て、

 わたしたちは、これらすべての事において
 勝ち得て余りがある。

   (新約聖書 ローマ人への手紙 第8章37節)

 
あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。
 
わたしはすでに世に勝っている。
             (新約聖書 ヨハネによる福音書 第16章33節)

 「わたしたちを愛して下さったかた」や「わたし」とは、イエス・キリ
スト
のことです。この方の愛を受け入れるなら、すべての事において勝ち
得て余りある『成功者』となることができます。ただの「気の持ちよう」ではあり
ません。結果が付いてきます。本物の援助者が、あなたを強力にサポート
して下さるのですから。


祈ってみましょう


神さま、わたしが成功した人生を
歩めるように助けてください。あ
なたの愛を受け取ることができる
ように助けてください。イエス・キ
リストのお名前によってお祈りい
たします。
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2007年10月



 あなたは、自分の人生を喜んでいますか?

 「もっと良い家庭に生まれればよかった」
 「もうちょっと顔の造りが良ければよかったのに」
 「わたしなんて、生まれてこなければ良かったのよ」

 誰でも、何かしら不満や願いを持っているものなのかも知れません。でも実
際のところは、お金持ちでも美男美女でも、知恵と才能にあふれているよう
に見える人でも、『人生に満足』してる人は決して多くはないのです。それ
どころか、すべてに絶望して自殺する日本人は年間3万人以上。多くの人
たちが苦しみ悩みつつ人生を送っているのです。
 他人に期待をすれば失望し、自分に期待すれば絶望が来る・・・・・・。
 よく言われることです。―――人生に、この世に、希望はあるのでしょうか。

 
そして、希望は失望に終わることはない。なぜなら、わたしたちに賜って
いる聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

             (新約聖書 ローマ人への手紙 第5章5節)

 あなたを永遠の昔から知り、あなたの体を母親の胎の中に形づくられた
さま
だけは、失望に終わることのない本当の希望を与えることができます。あ
なたのために希望と喜びにあふれた人生を準備し、あなたが受け取るのを
待っておられます(強制されることはありませんが)。―――受け取りたいと思
いませんか? あなたが望むなら、神の愛によってそれが与えられます。


祈ってみましょう


神さま、わたしの人生には希望が
ありませんでした。どうか神の愛
によって、失望に終わらない本当
の希望を与えてください。イエス・
キリストのお名前によってお祈り
いたします。
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2007年9月



 「今度生まれ変わったら、もっと幸せな人生を送りたい」
 「生まれ変わっても、キミと一緒だよ」

 ・・・・・・普段何気なく「生まれ変わる」という言葉が使われることがあります。
 さて、人は死んだ後、生まれ変わるのでしょうか―――――――?

 『生まれ変わり』があるとすると、多くの命を管理する存在
 が必要なはずですが、「生まれ変わったら・・・・」と言う場合
 にそのような存在を意識することは無いようです。
 
  多くの命を創り司っているのは、天地万物を創造された
 「ほんとうの神さま」です。この方によって人類に与えられた聖書には、死後
 の生まれ変わりが無いことが記されています。
  「生まれ変わったら・・・・・」という期待は、無意味なのです。

 でも、現在の人生の中で「新しく生まれる」のを経験することは出来ます。

 
だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。
  古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。
             (新約聖書 コリント人への第2の手紙 第5章17節)

 たった一度だけの人生。どんな不安も困難な境遇をも超えて、『新しく生
まれ』ませんか。


【心から、祈ってみましょう。】


神さま、わたしは『新しく生まれ』
たいと願っています。人生を一新
して下さい。命と希望にあふれる
真の人生を歩ませて下さい。イエ
ス・キリストのお名前によってお
祈りいたします。
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2007年8月



 この時期、親族やご先祖のお墓参りをされる方が多いと思います。
 教会では、納骨堂前で毎年記念集会を執り行っています。ただし一般
的な「お墓参り」と教会の「記念集会」とは意味合いが違っています。

 普通「お墓参り」と言えば、亡くなった方が主人公。故人を偲び、語りかけ、
お世話をする。――――そういう感覚ではないかと思います。
 しかし教会での「記念集会」では、神さまが主人公です。
故人を偲び、在りし日を思い起こすことは同様です。
 
 亡くなられた方のお骨は納められていますが、その方の魂は天に行って
おり、この地上にはありません。ですから故人に語りかけることはできません。
また拝まれるべき方は神さまただお一人だけですので、故人を拝むこともし
ません。
 ただ、故人の地上での生活に思いを馳せ、自分の生き方を顧みて神さ
に祈り、やがてわたしたちが行くことになる天を思います。

 日本で一般的な仏教や神道の作法によって先祖を拝むことはありませ
んが、聖書にしるされた真実に基づいて先祖を偲び尊敬し大切にします。

 死を思い生を思う。生き方を問い、真実を問う。
 この時節、改めて考える良い機会ではないでしょうか。
 
一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、
人間に定まっている。
             (新約聖書 ヘブル人への手紙 第9章27節)

【心から、祈ってみましょう。】


神さま、生きる意味、死の意味、死
後の世界や神さまのご計画につ
いて、真実がわかるようにお助け
下さい。イエスさまのお名前によ
って、お祈りいたします。
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2007年7月



【初めから、いるはずです】
 ほんとうの神さまだったら、ずっと昔から、最初からいるはずです。
ずっと隠れていて、ある日突然現われたとしたら、それまで神さまはどこで何を
していたのでしょうか?

      はじめに神は天と地とを創造された。(旧約聖書 創世記 第1章1節)

聖書は、天と地とを創った「ほんとうの神さま」の宣言から始まっています。

【どこででも通用します】
 どの国でもどの地域でも通用してこそ「神さま」です。ある国のある地域だ
けで通用するのは、その地域を牛耳っている霊的な存在です。聖書では、
そういう存在を「悪霊」と呼んでいます。悪霊やその頂点に立つ悪魔は、や
がて滅ぼされてしまいます。

 
【だれにでも通用します】
 一部の人にしか通用しないのでは「神さま」なんて呼べませんよね。国籍、
健康、年齢、学力や経済力などにかかわらず、誰にでも通用します。
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう、捜せ、そうすれば、見いだすであ
ろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」
                   (新約聖書 マタイによる福音書 第7章7節)


求めるなら、あなたも知ることが出来ます。

【心から、祈ってみましょう。】


わたしは「ほんとうの神さま」を知
りたいと願います。わかるように助
けてください。生きる目的を知り、
あるべき生き方ができるように、
助けて下さい。イエスさまのお名
前によって、お祈りいたします。
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2007年6月


 「もうダメだ!」―――――そう思ったことはあるでしょうか。
 長い人生の中では、にっちもさっちも行かなくなり、
完全に行き詰ってしまうこともあるものです。

そんな時、神さまがあなたを呼んでおられる声に
耳を傾けてみましょう。

順調で物事がうまく行っている時には、まるで自分の能力に
よってそうなっているように錯覚して、神さまに心が向かない
ことも多いものです。けれども何か困った状況に陥ると、自分の能力の無力さを自覚せざ
るを得なくなります。―――でも、そこで絶望してしまう必要はありません。

 あなたのために、強い味方になって下さる方がいるのですから。
見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。
             (新約聖書 コリント人への第2の手紙 第6章2節)
 
 あなたが知ろうが知るまいが、認めようが認めまいが、神さまがいます。
天地を創り、あなたに目的を持って命を与えた、そういう神さまです。
愛に満ち、力にあふれ、すべてのものを超越したお方です。

 もしあなたがこのお方を認め、受け入れ、その愛の中、力の中に入るなら、あなた
にとってその瞬間から「恵みの時」となります。あらゆる問題・困難はすべてあなた
の人生の糧となり、良いものへと変えられていきます。

すべて彼を信じる者は、失望に終わることがない。
主の御名を呼び求める者は、すべて救われる。
         (新約聖書 ローマ人への手紙 第10章11・13節)

【心から、祈ってみましょう。】


「イエスさま、どうかあなたのことを知り、あな
たを信じ、希望にあふれるようにして下さい。
イエス・キリストのお名前によって、お祈りい
たします。」
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2007年5月


 いろいろな悲しい出来事、つらい出来事が起こると、こう思うことはありませんか。
「わたしは神さまに見捨てられているんだ」

 いえ、違います。神さまはあなたを見捨ててなどいません。それどころか、いつも
あなたに目を向け、気にかけていて下さいます。

「その割には、良い事が何もない」

 それはそうです。神さまは、あなたを尊重されるがゆえに、あなた自身の意思を
無視して強制的に介入するようなことは、あまりありません。
 その代わりに、あなたが心を開いて求めさえすれば得られるように、いろいろな
ことを準備して待っていて下さいます。
 聖書には、こう書いてあります。

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、
永遠の命を得るためである。

             (新約聖書 ヨハネによる福音書 第3章16節)
 
 "この世"の部分に、あなたの名前を当てはめても成り立つ言葉です。神さまの
ひとり子であるイエス・キリストの命をあなたのために与えるほどに、あなたを愛し
ておられると書かれています。御子すなわちイエス・キリストを信じる者がひとり
も滅びないで永遠の命を得ると書いてあります。

 裏面に、特別集会のご案内があります。イエスさまのこと、神さまの愛について、
いろいろなお話を聞くことができます。どなたでも参加できますので、ぜひお越し
下さい。そして、
あなたが神さまに愛されていることを実感して下さい。

【心から、祈ってみましょう。】


「神さま。イエス・キリストの命を下さるほどに
わたしを愛して下さっていることを読みまし
た。あなたの愛がよくわかるように助けて下
さい。永遠の命を得る者にして下さい。
イエス・キリストのお名前によって、お祈り
いたします。」
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2007年4月


 『死』で、すべてが終わりと思っている方がいます。一方で、死んだらまた生まれ
変わると思っている方もいます。ほんとうは、どうなのでしょうか。

 死がすべての終わりと考えると、どうせ死ぬのだから、生きている間に自分がやり
たいことをやろう、と思うかもしれません。一度限りの人生、たとい他人を蹴落として
でも成功するぞ、弱い者が泣くのは仕方がない、と。

 死んだらまた何かに生まれ変わると考えると、境遇次第では今の人生をあきらめ
て次の人生で幸せになればいいやと思うかもしれません。
 聖書には、こう書いてあります。

一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、
人間に定まっている

             (新約聖書 ヘブル人への手紙 第9章27節)
 死後も人間の魂はなくなりません。しかし、人生は一度きりです。生まれ変わりは
ありません。そして、死後さばきを受けることになっています。その後、天国と地獄と
いうはっきりとした行き先が決まります。何だかよくわからない鬼みたいなものが適
当に割り振るのではありません。宇宙を造り、人間を造り、命を与えている神さまが、
絶対的な基準に基づいて裁き、定めるのです。人生に、心の片隅に、一片の悪で
もあるならば、地獄に行くしか道がありません。

 けれども神さまは、ゆるすこともできます。人間が自らの罪を認め、神さまに告白
するならば、ゆるして下さいます。
死と地獄の苦しみという罰は、イエス・キリストが
身代わりに受けて下さっています。それを受け入れるだけで、どんな罪もゆるされ
ます。その保証として、イエス・キリストは死んで、3日目に復活したのです。

【心から、祈ってみましょう。】


「神さま。わたしの人生、心には罪があります。
どうかゆるして下さい。イエスさまがわたしの
替わりに死んで苦しみを受け、復活されたこ
とを受け入れます。わたしを新しくしてくださ
い。イエス・キリストのお名前によって、お祈り
いたします。」
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2007年3月


 「うまくいくように、祈ってるよ。」

 日常の会話で、「祈る」という言葉が出てくることがあります。
 「祈る」って、どんなことでしょうか。

 何か、大きな存在、人間を超越した存在に対して、お願いすること?
 「お願いします、お願いします、お願いします・・・」とひたすら唱えること?
 寒い中滝に打たれたり、食事を断ったり、苦しい思いを我慢して、報いを期待
すること?

 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの
 心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

                       
(新約聖書 ピリピ人への手紙 第4章6・7節)
聖書に書かれている「祈り」とは、「人と神さまとの会話」です。
神さまは、わたしたち一人ひとりを愛して、わたしたちと親しく会話
することを望んでおられます。
 ありがたいこと、つらいこと、悲しいこと、お願いしたいこと、それ
ら一つ一つを神さまに対してお話すること。これが、「祈り」です。
 「会話」であるならば、神さまからのお答えは・・・?

 通常は、神さまからの手紙である「聖書」を通して、語ってくださいます。祈って
いると、聖書のある部分が特に心に響いてきます。
 場合によっては、直接心の中に語りかけてくださることもあります。
 わたしたちは、神さまと人格的に交わり、愛し合うものとして造られました。神さま
への祈りによって、平安と喜びを得るのです。

【心から、祈ってみましょう。】


「神さま。あなたのことが良くわかるように助
けて下さい。あなたと人格的に深く交われる
ようにしてください。聖書を通じて、また直接、
わたしに語りかけてください。イエス・キリスト
のお名前によって、お祈りいたします。」
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2007年2月


 あなたには、「存在理由」がありますか

 「存在理由」を見つけられないと、自分は何のために生きているのか、自分に
は何か価値があるのか、わからない状態になってしまいます。
 「わたしは、生きていていいんだろうか。」
 「わたしは、むしろ生きていないほうがいいんじゃないだろうか。」
 そういう悩みを持ちつつ、生きることを苦痛に感じている人も、いるのではない
でしょうか。

 このような時、人は「生きているとは名ばかりで、実は死んでいる」
状態に陥っています。せっかくの「いのち」が、生かされていない
状態のまま、絶望に囚われて自殺を図る人たちも後を絶ちません。
 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
                       (旧約聖書 イザヤ書第43章4節)
 神さまの目には、あなたの「存在理由」は明らかです。あなたの能力や財産、
性格や特技によらず、あなたの「存在」自体に価値があると見ていて下さいます。
 そして、あなたにとってふさわしい、あなただけの甲斐ある人生を歩む力を与え
て下さるのです。あなたが目を向けさえするならば、意味の無い価値の無い人生
と思われていたものが、意味の深い尊い人生へと変えられていきます。

 「わたしは、そんな価値の無いものです。何より、悪い人間です。」
もしもそう感じておられるなら・・・。大丈夫です。あなたのすべての「罪」を背負
って、刑罰を身代わりに受けて下さった、イエス・キリストがいます。

 キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の
身代わりとなったのです。
      (新約聖書 ペテロの第1の手紙 第3章18節)

あなたが心に受け入れるかどうか。ただ、それだけが条件です。

【心から、祈ってみましょう。】


「神さま、わたしを価値のある者と見て下さ
って感謝します。自分自身でもよくわかるよ
うに助けてください。意味のある人生を生き
る者に変えて下さい。イエス・キリストのお
名前によって、お祈りいたします。」
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2007年1月


 人の心には、空洞になっている部分があります。そして、いろいろな方法で、この
 空洞を満たそうとします。

 ある人は、やり甲斐のある重要な仕事に取り組むことによって。他の人は、財産
を築くことによって。地位や名声、周囲の人の評価、自分の満足感などによって、
空洞が満たされるものと、無意識のうちに思い込んでいます。
 仲の良い友人との付き合いによって、素敵な異性との恋愛を通して、子ども達
への愛によって、この空洞を埋めようとする人もいます。
 スポーツやスリル、趣味、娯楽、あるいは犯罪を犯してまでも、
この空洞を何とかしようとするのです。


 しかし残念ながら、このような試みによっては、決して満たされる
ことのない空洞を、人は抱えています。
 人には、生まれながらに、永遠を思う心・神さまを求める心が
備わっています。それは、心の中に空洞があるからなのです。
神さま以外の何ものによっても、生めることのできない空洞。ただ、神さまの愛だ
けがその部分を満たすことができます。
 この「神さま」とは、人間一人ひとりを愛して創造された、「本当の神さま」です。
人間が作り出した神さまではなく、人間を造った神さまです。

 神さまの愛の完全な現われであるイエス・キリストを通して、人は本当の愛を
知り、心が本当に満たされ、生き生きとした本当の人生を歩み始めることができ
るのです。

 見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである。
                  (新約聖書 マタイによる福音書 第28章20節)
あなたが受け入れるなら、イエス・キリストがいつも共にいて下さるのです。


【心から、祈ってみましょう。】


「イエスさま、どうぞわたしの心にお入り下さ
い。心の空洞を、あなたによって満たして下
さい。生き生きとした本当の命に生きる人生
を与えて下さい。イエス・キリストのお名前に
よって、お祈りいたします。」
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日本福音ペンテコステ教団
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