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2012年
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2012年1月


 
 現代日本の転換点となった感のある2011年が過ぎ、西暦2012年、平成24年を迎えました。多くの人々が、無邪気に「おめでとうございます」と言えない状況下に置かれていると伝えられます。皆さんはどのような新年を迎えられたでしょうか。

初詣には?
 この三が日、北海道神宮には約71万人の人出があったと報道されています。昨年よりも14万人少なかったとのことですが、それでも多くの方が訪れて願いを託しました。北海道神宮には大国魂神、大那牟遅神、小彦名神、明治天皇の四柱が祀られているとのことですが、参拝した方のうち、それぞれの祭神の名前(読めますか?)、由来、性格、ご利益などご存知の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。
 「今年が良い年になりますように」「受験がうまくいきますように」「会社が潰れませんように」・・・・・・願い事はたくさんあることと思います。でも物事を誰かに頼むときにはそれぞれ相応しい人を選びますね?お腹が痛い時にはスケート選手ではなくお医者さんを頼ります。悩み事があるときは、口の固い人に相談します。重い物を運ぶのを手伝って欲しい時には腕力のある人を選びます。あなたの願い事は、ほんとうに叶えられますか。あなたの願いを託すにふさわしい神様でしたか。
 
信じている?信じていない?

 日本で当たり前に見られる光景は、よく考えると不思議なものです。
12月24日にクリスマスイブを楽しみ賛美歌を歌い、大晦日にはお寺で除夜の鐘を聞き、元旦から初詣に出かけます。赤ちゃんが生まれると、1ヵ月でお宮参りに行き、七五三や厄払いでも神社に出向きます。でも結婚式はチャペルでやって、お葬式や法事には僧侶を呼んで執り行います。手相を見てもらったりトランプやカードで将来を占ったり、名前の画数や家の方角を気にしたり、行事にあたっては大安や仏滅などを考慮したりします。いろいろなものを信じているようで、裏を返せば何も本気で信じていない、そういう状態なのではないでしょうか。
 「別に、それで何か困ることもないし」――周囲も大抵そうなのですから、確かにさしあたり困ることはなさそうです。でも、ずっとそのままで良いのでしょうか。
 

信じることと結婚は同じ

 聖書には、信仰を結婚と同じように表現している部分があります。結婚式で「汝○○は、この女を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」などと誓約することがありますね(実際には、平成23年人口動態推計によれば67万組が結婚し23万5千組が離婚しているようですから、結婚が軽いものになっているようですが)。死ぬまで離れずに愛し信頼していく。本来、結婚も信仰もそのようなものだと、聖書は語っています。

本気で信じられますか?

 「神様」が本当にいるのなら、本気で信じるべきではないでしょうか。架空の存在や空想の産物なら、信じるだけ無駄でしょう(せいぜい気休めくらいにしかなりません)。あなたが拝んでいる神様は、「良き時も悪き時も・・・・・・病める時も健やかなる時も・・・・・・」本気で死ぬまで信じ続けるに値しますか。たとい友人から、そんなものを信じるなら絶交すると言われたとしても「本当に実在する方なのだから、信じるのをやめることはできない」と言うに値しますか。更に言うなら、たとい殺すと言われても、命までも懸けて信頼するに値する神様ですか。
 神様なんて本当は居ないのなら、死後の世界なんて無いのなら、その日その日を気の向くまま、自分の思うがままに元気に楽しく生きていくことができればOK、ということになるでしょう。自分の好みに従って、何でも好きに信じれば良いのです。居もしない神様を信じるなんて、とても哀れで可哀想なことですが。
 でも、神様が居るならば・・・・・。「関係ない」と言っていられるでしょうか。「神様」というイメージ自体、あなたが思っているのとは違うかも知れません。この新年を機に、じっくりと考えてみてはいかがでしょうか。

 
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